70年代の夏の歌が、現代の夏に合わない気がする

8/31と知って膝から崩れ落ちた。

 

最近は夜風がすっかり涼しくなったし、コンビニにおでんが売られはじめるし、
道ばたから鈴虫やコオロギの鳴き声が聞こえてくるしで、薄々嫌な予感はしていたのだが。

 

え、マジ?今日で8月終わり?明日から新学期?
秋がはじまるの?はじまっちゃうの?

 

梅酒に梅干しも、ガリやジンジャーエールシロップも、実山椒の塩漬けも、らっきょう甘酢漬けも、赤じそジュースも桃のジン漬けもつくってないし、

三室戸寺の蓮酒も、祇園祭下鴨神社のみたらし祭も五条坂の陶器市も、五山の送り火も、地元の河川敷で開催される花火も、なんにも行けなかった。


激しい愛に焼けた素肌もなければフルーツスキャンダルも咲かせてない!
ゲタを揃えてもない線香花火してもない!

 

一秒一秒が命がけの夏を送りたかった!

 

あああ〜〜〜〜!!送りたかった〜〜〜〜〜〜!!!!

 

まあ何をしていたのかと言うと、つい先日まで大型の制作が入っていて、6〜8月をそれだけに費やしていたのだ。
8月はほぼ会社に泊まりっぱなしで、こないだなんて2日ぶりに家に帰ったら、庫内でモノが落ちたのか冷蔵庫のドアが開いていて、36度のとろけそうな室温に36時間さらしっぱなしになった野菜や肉が九相図の膿爛相のように腐り果てるなどの地獄にも見舞われた。

コバエがたかるそれらを泣きながらゴミ袋に投げ捨て、消毒用アルコールがなかったのでヤケクソになってウオッカを冷蔵庫にぶちまけて寝た。この世の果てかよ、とあの時ばかりは思った。

そんなこんなで生活を荒削りしながら3ヶ月を使い果たしただけあり、素晴らしい企画やや製作陣、たくさんの手助けのおかげで、めちゃくちゃいいモノができあがりそうな予感がしているので、この話はまた今度。

 

しかし、仕事が充実したかと夏を満喫したか、それとこれとは別であって!

9月は残暑をガソリンに体力の限界まで遊ぼうと思います。

 

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いやしかし今年の夏は(あるいは京都は)まーーーーーー暑かった。

出社する15分のチャリ移動だけで汗だくになってしまうくらいだから、仮に仕事がヒマでも冷房の効いた家で引きこもっていたかもしれないくらい。

 

ところで、歌にもやっぱりシーズンがあって、春には春の歌、秋には秋の歌を聞きたくなる。3月末にはイエモンの「プライマル。」を聴いて、10月の夜にはRIP SLYMEの「黄昏サラウンド」を聴く。季節の移ろいを感じてしみじみしたいのだ。


で、詳しくはないもののフォークソングや歌謡曲も好きでよく聴くのだけども、年々、暑い盛りに70年代ごろの夏の歌を聴くことが少なくなっている。
当時のメロディーが、もう現代の温度に合わない気がしていて。

 

たとえば、はっぴぃえんどの「夏なんです」や吉田拓郎の「蒼い夏」なんかは、うだるような暑さのなかで際立つ木陰の涼しさや、灼けた肌に沁み入るような夜風の涼しさ、子どもの頃に感じていた、いっても最高気温33度……くらいの雰囲気がただよっていて非常に好きなのだが、

アスファルトの照り返しでサウナ状態になった猛暑日の都会では、せっかく聴いてもコレジャナイ感がすごい。日が落ちる頃にようやくシュガーベイブの「夏のおわりに」が聴けるかな……というくらい。

あれでもないこれでもないと夏用につくったプレイリストをシャッフルして結局「京都暑すぎ!さばんなちほーかよ!」と「ようこそジャパリパークへ」に落ち着き続けた今夏だった。

 

気にしすぎや。

 

ところでシュガーベイブといえば山下達郎山下達郎の歌に「さよなら夏の日」という今の時期にピッタリな曲がある。その歌の冒頭メロディーがPUFFYの「渚にまつわるエトセトラ」のメロディーにオマージュ?されていてめちゃくちゃシビれた。奥田民生すごい。